嵐の後の光の中、河川の氾濫原と橋梁・高速道路を上空から捉えた衛星視点の画像

REPORT 04 / DISASTER & INFRASTRUCTURE

防災・インフラ監視 — SAR衛星が支えるレジリエンス

災害大国・日本において、衛星データの社会的価値が最も分かりやすく表れるのが防災・インフラ監視の分野です。発災直後の広域被害把握から、平時のミリ単位の地盤変動監視まで、SAR衛星を中心としたリモートセンシングの活用の現況を報告します。

災害対応における衛星観測の役割

地震、豪雨、土砂災害、火山噴火。大規模災害の発生直後、対応機関が最初に直面するのは「どこで何が起きているのか分からない」という情報の空白です。道路の寸断や通信の途絶により地上からのアクセスが困難な状況でも、人工衛星は上空から被災地全体を一度に観測できます。ヘリコプターやドローンと比べた衛星の強みは、観測範囲の広さ、被災地の空域や天候に制約されないこと、そして定期的な軌道により発災前の画像(アーカイブ)と比較できることです。

特に日本の災害対応で重要なのがSAR衛星(合成開口レーダー衛星)です。台風や豪雨に伴う災害はまさに悪天候下で発生し、雲を透過できない光学衛星は発災直後には役に立たないことが多いためです。夜間の地震でも即座に観測できるSARは、発災から初動対応までの「最初の数時間」における事実上唯一の広域観測手段であり、この領域は他の技術では代替が困難です。国のだいち2号・4号による緊急観測に加え、近年は国内外の民間SARコンステレーションへのタスキング(緊急撮影依頼)が組み合わされ、観測の頻度と確実性が大きく向上しています。

  • 発災 〜 数時間 SAR緊急観測の実施 — 国のだいちシリーズと民間SAR衛星に緊急タスキング。夜間・悪天候でも観測を確保します。
  • 数時間 〜 24時間 被害域の抽出・共有 — 発災前後の画像比較により浸水域・土砂崩壊地を自動抽出し、対策本部・自治体へ提供します。
  • 1日 〜 1週間 継続監視と復旧支援 — 高頻度の再観測で状況変化を追跡。ドローン・航空写真と組み合わせ詳細を把握します。
  • 平時 リスクの事前把握 — InSAR解析による地盤変動監視、ハザードマップの更新、訓練用データ整備を行います。

SAR緊急観測と浸水域抽出

水害対応における衛星データの代表的な使い方が、浸水域の自動抽出です。水面はマイクロ波を鏡のように反射するため、SAR画像上では暗く写ります。この性質を利用し、発災前後のSAR画像を比較することで、広域の浸水範囲を面的に推定できます。推定された浸水域は、救助活動の優先順位付け、排水ポンプ車の配置、罹災証明の迅速化などに活用され、近年の大規模水害では標準的な対応プロセスの一部となりました。

2024年7月に打上げられた「だいち4号(ALOS-4)」は、観測幅を従来の50kmから200kmへと大幅に広げ、一度の観測でより広い被災地をカバーできるようになりました。加えて、QPS研究所やSynspectiveなど国内SARベンチャーのコンステレーションが充実するにつれ、「発災から最初の観測までの時間」は着実に短縮されています。複数事業者の衛星を横断して最も早く観測できる衛星を選ぶ、マルチコンステレーション型の緊急観測体制が現実のものとなりつつあります。

浸水域抽出の精度を高めるうえでは、平時からの準備が重要になります。発災前のアーカイブ画像が整備されているほど変化抽出の精度は上がり、標高データや堤防・排水施設の情報と組み合わせることで浸水深の推定も可能になります。このため、国や自治体では平時からの定期観測とデータ整備を防災計画に組み込む動きが進んでおり、「災害が起きてから買うデータ」から「備えとして持ち続けるデータ」への意識転換が、防災分野の衛星データ市場を安定化させています。

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InSAR解析 — ミリ単位で捉える地盤変動

SAR衛星のもう一つの強力な応用が、干渉SAR(InSAR)解析です。同じ地域を異なる時期に観測したSARデータの位相差を解析することで、地表の変位をミリメートル単位で検出できます。GPSや水準測量が「点」の計測であるのに対し、InSARは広域を「面」で捉えられることが最大の特徴で、地盤沈下、地すべり、火山活動、断層変位などの監視に使われています。

ビジネスの観点で注目されるのは、InSARによる常時監視サービスの商用化です。国内では、衛星データサービス企業やインフラコンサルタントが、都市部の地盤沈下モニタリング、盛土造成地の変状監視、鉱山・埋立地の管理などをサブスクリプション型で提供し始めています。2021年の熱海市土石流災害を契機に盛土規制が強化されたことで、広域の盛土を効率的に監視する手段としてInSARへの関心が急速に高まりました。現地に計測器を設置することなく、過去に遡って変動履歴を解析できる点は、規制対応の実務においても大きな利点です。

InSAR MONITORING / InSAR解析の主な監視対象
監視対象 検出できる現象 主な利用者
都市地盤 広域の地盤沈下・隆起(ミリ単位/年) 自治体、上下水道・地下工事事業者
盛土・斜面 盛土の変状、地すべりの前兆的変動 都道府県、開発事業者、鉄道会社
インフラ構造物 ダム堤体・堤防・橋梁周辺の変位 国土交通省、高速道路会社、電力会社
資源・エネルギー 鉱山・地下貯蔵・地熱地帯の地表変動 資源会社、エネルギー事業者

インフラ維持管理への展開

日本のインフラは高度経済成長期に集中的に整備され、建設後50年を超える構造物の割合が急増しています。一方で点検を担う技術者は不足しており、「限られた人員でどこを重点的に点検するか」を決めるスクリーニング技術への需要が高まっています。衛星データはまさにこの用途に適合します。InSARで広域の変状を定期的に把握し、変動の大きい箇所に絞って現地点検やドローン調査を行う二段構えにより、点検コストを抑えながら安全性を高められるためです。

具体的な適用先としては、ダム・堤防の変位監視、高速道路の法面・盛土の管理、鉄道沿線の斜面監視、港湾・空港の地盤沈下管理などが挙げられます。また、送電網やパイプラインのような線状インフラの周辺監視、都市開発に伴う周辺地盤への影響確認といった用途も広がっています。インフラの点検DXという文脈では、ドローンやIoTセンサーとの組み合わせが前提となっており、産業用ドローン点検業界との協業・分業が進んでいる点も現況として重要です。

インフラ監視の経済性を考えるうえで参考になるのが、点検コストの構造です。人手による定期点検は、対象への移動、足場の設置、交通規制といった付帯コストが大きく、点検そのものより周辺作業に費用がかかるケースが少なくありません。衛星によるスクリーニングは、この付帯コストが発生する現地作業の回数を減らすことで効果を生みます。すべてを衛星で置き換えるのではなく、点検リソースの配分を最適化する技術として位置づけることが、費用対効果を正しく評価する鍵となります。

官民連携の現況と市場性

防災・インフラ分野の衛星データ利用は、公共調達が市場の中核をなしています。国土交通省や内閣府は災害時の衛星観測を対応プロセスに組み込み、都道府県レベルでも民間SARデータの調達や解析サービスの導入が始まりました。防衛省による商用SARデータの大口調達も、国内コンステレーション事業者の経営を支えるアンカーテナンシーとして機能しています。安定した公共需要が民間の衛星投資を促し、整備された観測インフラが自治体・民間企業のサービス向上に還元される好循環が形成されつつあります。

国際的にも、災害時の衛星観測を相互に融通する「国際災害チャータ」の枠組みが機能しており、大規模災害の際には各国の地球観測衛星が被災国のために緊急観測を行います。日本はだいちシリーズを通じてこの枠組みに貢献してきました。またアジア太平洋地域では、JAXAが主導する災害情報共有の枠組み「センチネルアジア」が活動しており、防災分野の衛星データ利活用は日本が国際的なプレゼンスを発揮している領域でもあります。国内で培った解析技術を防災の仕組みごと海外展開する動きも始まっています。

民間市場としては、損害保険会社との連携が最も進んでいます。水害発生時の浸水域データを保険金支払いの迅速化に使う取り組みは既に実装段階にあり、詳細は金融・保険での活用で報告します。また、防災テック産業全体の動向は関連サイトの防災テック・レジリエンス産業レポートでも扱っています。観測インフラ側の動向は光学・SAR衛星コンステレーションを、担い手企業の詳細は国内主要プレイヤーをご覧ください。

本ページの要点:夜間・悪天候下でも観測できるSAR衛星は発災直後の広域把握における事実上唯一の手段であり、だいち4号と民間コンステレーションの拡充で観測体制は着実に強化されています。平時はInSAR解析による地盤・インフラの常時監視が商用サービスとして立ち上がり、点検人材不足を背景に市場が拡大しています。